今乃かおりのプロフィール

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こんにちは、今乃かおり(こんの かおり)です。
たくさんのブログがある中、縁あってこのブログに辿り着いてくださり、ありがとうございます。

私は幼少から生きづらさを抱えながら過ごしてきましたが、30代目前でプラントベース食と出会い、体・心・人生が大きく変化しました。

現在はプラントベース、スピリチュアルな気付き、そしてアート活動について発信しています。

ここから先は、私が実際にどんな人生を歩み、なぜ今この発信をしているのかを綴った、少し長めの物語です。

お時間のある時に読んでいただけたら嬉しいです。

幼少時代

体は弱いけど、いつも笑顔でやんちゃな子供

顔がなぜか傷だらけ。そしてこれは当時ハマっていた謎セクシーポーズ。

昭和と平成が切り替わるあたりに、山形で誕生した私。生まれつき体が弱めの子供でした。昔からお薬ばかり飲んでいた名残りで、薬やサプリメントを飲むことは、今でもかなり得意です(笑)

そんな『病院がお友達』のような子でしたが、だからと言って悲観することもなく、日々を楽しみながらあっけらかんと生きていました。

いつもカメラの前で変なポーズをとって家族を笑わせたり、指に三角型のスナック菓子をはめて「見て見て〜」とキャッキャしたり。あとは、ミニボトルの乳酸菌飲料を強く吸って、わざと口の周りに跡をつけて周囲を笑かすような、そんな子供でした。

アニメと絵にのめり込む日々

幼稚園の頃は、とにかくアニメに夢中の日々。

私にとって1990年代のアニメは今でも大好きです。今見返しても、きっと面白い気がします。(月の姫のやつとか、異世界3人のやつとか)

アニメ以外では『絵を描く事』に大ハマり。来る日も来る日も女の子ばかり描いました。(いろんなコンクールにも出展したらしいのですが、その記憶ははほとんどありません…)

だけど一つだけ覚えてるのが『口いっぱいにごはんを頬張る女の子』を、幼稚園の机の上で描いた記憶が、なぜか今でも頭の中に残っています。

絵を描くことはとても楽しかった。
自分の好きな色で、制限なしに、感じたままに描けるから。

周りを一切気にすることなく”自分”を表現し、好きなことに没頭し続けた日々は、今思い返しても鮮やかに輝いていてー。

それは私にとって ”自由そのもの” でした。

暗黒の学生時代

始まりは小学校での出来事

幼少期はいつも自分が何を好きで何が嫌いか?何をしたくて何をしたくないのか?それをありのままに表現して生きていました。

それは『人生は、おのおのが素直に自由に生きることが最高で幸せなんだ!』というような、うーん…上手く言えないのですが、そんな感じに近いスタンスが、私の中に常にあったからです。

ですが小学校で、突然仲間外れやイタズラを受ける出来事がありました。

昨日まで仲良くしていた子に突然距離を置かれたり、理由もわからないまま避けられたり。

当時の私は、

「私が悪いのかな?」
「私の在り方は、人を不快にさせるのかな?」

と、答えのない問いを抱えるようになりました。

それからの私は、本当の自分を隠しながら、影に隠れるように生きていくことになるのです。

人の顔色を読むようになっていく

それからの私は、人を観察するようになりました。『コミュニケーションが上手な子を観察して真似る』ことを覚えます。(『かおりは新しい技を覚えた』みたい笑)

どう話せば好かれるのか。
どう振る舞えば嫌われないのか。

友達との関わりの中で試行錯誤を繰り返しながら、少しずつ人との距離感を学んでいきました。

そのおかげで今では、相手の気持ちを仕草や目線・声色・雰囲気などの空気感で敏感に感じ取れるようになりましたが、当時の私はいつもどこかで無理をしていました。

本来の自分と、周囲に合わせる自分。

その違和感は次第に大きくなり、それはまるで、光の届かない深海へと静かに落ちていくような感覚です。こうして『本来の自分』と『かりそめの自分』の均衡が崩れていきました。

…とは言いつつも、友人もいましたし、楽しい思い出もあります。

けれど私にとって学校という閉鎖的な世界は、とても苦しい場所でした。

周囲に合わせようと頑張るほど、自分自身がわからなくなっていく。

そんな感覚を抱えながら、学生時代を過ごしていました。

今振り返ると、この頃から少しずつ『自分とは何だろう?』という問いが心の中に芽生えていたのかもしれません。

料理との出会い

高校卒業後、私は調理の専門学校へ進学しました。

家が食に関わる仕事をしていたこともあり、家族の勧めもあったからです。

でも本音を言えば、私が本当に進みたかったのは絵の道でした。

絵を描いている時間だけは、私にとって唯一「自由」を感じられる時間だったから。

けれど当時の私は、自分の本音を伝えることができなかったんです。

「みんなをがっかりさせたくない」

そんな思いから、私は食の道へ進むことを選びました。

波乱のスタートになるかと思っていた調理学校生活でしたが、実際に学び始めると想像以上に楽しく、自分にも合っていました。

料理はただ食べるためのものではなく、人を笑顔にしたり、幸せな時間を生み出したりできるもの。

誰かのために作った料理を喜んでもらえることが、私自身の喜びにもなる。

そんな料理の魅力に、私はどんどん惹かれていきました。

そして学びを深める中で、

「食は体と心を支える大切な土台なんだ」

ということにも気付かされました。

今振り返ると、この頃の経験が後にプラントベース食と出会うための大切な下地になっていたのだと思います。

突然の大きな体調不良

社会人生活を送っていた2017年のある時、今まで経験したことのない体調不良に突然見舞われることになります。この出来事が引き金となり、長年はりつめていた緊張の糸が切れてしまいました。

何を見ても、何も感じない。
感情が消え、目の前の世界が本当にモノクロに見える日々。
世界から自分だけが切り離されたような、疎外感と虚無感。

『自分はどうして生まれてきたんだろう?なぜこんな人生なのか?』と不思議で不思議でならなかった。

考えずにはいられなかった。

でもこの時、その答えはついぞ見つかりませんでした。

今乃かおり

こうやって改めて自分の人生を振り返ってみると、人生前半はずっと暗い話ばかりですね。沈む話ばかりで申し訳ない(^^;)
でもここから巻き返しターンへ移ります!

不思議な体験

そんなもんもんとした日々の中で、ある日突然に不思議な感覚が、私の中に芽生えます。

唐突に『あ、私の人生はここで(この出来事を体験したポイントで)切り変わるんだ。ここがターニングポイントなんだな』ということが、なぜか”分かった”のです。

まるで、『あらかじめ決められていたことを、ただ思い出しただけ』ような、それくらい明確な感覚。

そして驚くことに、この直感通りに、そこからの人生がガラッと切り替わっていったのです。

現在の私

WFPB(ホールフードプラントベース)との出会い

私の食遍歴を簡単に紹介すると、プラントベースを始めたのは30歳近くから。初期はバリバリのWFPB食→ヴィーガン→ゆるいベジタリアンでしたが、ここ最近またWFPB食に舞い戻りました。でも”ゆるめ”です。(このブログで紹介している料理レシピは、ゆるいベジタリアンの頃に執筆していたものがほとんどです。)

WFPB(ホールフード・プラントベース)とは、大まかに言えば、植物ベースでかつ食材を丸ごと食べる食事のことを指します。

WFPB、ヴィーガン、ベジタリアンと色々渡り歩いて思ったのは、これらプラントベースは体重のコントロールがたやすいということ。

歳を重ねるにつれて増加し続けていた体重は、プラントベース食によって終止符を打ったのでした。

…でも正直、私の中では長年減らなかった体重が減った事よりも、ずっと嬉しかった事があります。

それは、以前よりもずっとずーっと体が元気になったこと!!\(✳︎^^✳︎)/

幼少から体が弱かった私にとって、体重なんかよりもずっとずっと価値のあることでした…。

食を変えたら体とマインドの両方が一変した

食べるものを変えたら、体の変化に加えて ”マインド” にも大きな変化がありました。

今までなら気にも留めないような、ふとした瞬間の些細なことが、とても豊かで幸せなことだったんだと気付く機会が増えました。

それに、『好き/嫌い/したい/したくない』という、そんな ”シンプルな感覚” がどんどん蘇り、感性が更に豊かに繊細になっていったのです。

その在り方はまさに私の子供の頃の感覚

『あぁ、”わたし”を感じる!やっと懐かしい場所に帰ってきたんだ!』

そんな喜びで、全身の細胞がいっぱいになりました。

『人生を諦めなくて良かった。色々あったけど、それでも歩み続けてきて良かったなぁ』と、今心から思います。

私に訪れた、体と心の大変容。

それはまるで生きながらにして生まれ変わったかのようでした。

筆者アイコン(横顔)
今乃かおり

ブログタイトル『もぐもぐりぼーん』の『もぐもぐ』は”食べる”を、『りぼーん』は、”生まれ変わる(Reborn)”からきているんですよ^^

私は、食を整えると心身が変わり、意識や行動も変わり、それによって人生までもが変化していくということを、身をもって体験しました。

そして、今までの苦しみ・悩み・迷い・後悔・絶望・失敗だと思えた数々の出来事や選択は、実は間違いなど一つもなく、全てがこの気付きへ至るための必要なピースだったのです。

どれか一つでも欠けていたら、この気付きには至れませんでした。
だから、今の私があるのは、今までのすべてのおかげ。

『今までの”全て”にありがとう』と今なら言える。

そして、そんな風に言える私になれたことが、ただただ嬉しいのです。

アートとの再会と現在の活動

子供の頃から大好きだった絵を描くこと。

ずいぶん遠回りしたけれど、今は植物と光のアートや人物画を通して、再び ”自分らしさ” を表現しています。

私にとってアートは、言葉では伝えきれない思いや祈りを届ける手段になっています。

道は続いていく

これからもきっと、いろんな出来事があるでしょう。

嬉しいこと、楽しいこと、悲しいこと、辛いこと。ありとあらゆる、いろんな事が。

でも、今の私は知っています。

その全ては必ず ”どこか” へ続いている、という事を。

その ”どこか” を今の私は知り得ないけれど、点と点が繋がる時は必ず来る。

ただ私は、その “点” である “今” を、精一杯生きるだけです。

十十十

つい忘れてしまうけれど、わたしもあなたも、誰しもが ”有限” の中を生きています。

誰かのために生きることはとても美しいことだけど、私自身本来の自分を削り、その成れの果てを見たからこそ思うのは、本当にみんなのためになるのは『おのおのが自分を生きる』ことだと思っています。

自身の個性を自身が認め、生かし、そしてどんな自分も赦し愛していく。

その積み重ねで一人一人が自分に還れば、この世界はあっという間に豊かで優しい世界になる気がするんですよね。

今この瞬間の、全ての出来事の側面にある ”愛” を見つめながら、

心に灯る ”わたしらしさ” という光を道しるべに、これからも一歩ずつ進み続けていきたいと思います。